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高松高等裁判所 昭和47年(ラ)48号 決定 1973年1月19日

抗告人(債権者)

宮内徹

相手方(債務者)

右代表者

田中伊三次

右指定代理人

大歯泰文

外六名

右抗告人は、松山地方裁判所が同庁昭和四七年(ヨ)第一一二号

不動産占有移転禁止等仮処分申請事件について、同年一〇月一四日付でなした

決定に対し即時抗告に及んだので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙に記載のとおりである。

二抗告人は、相手方を被告とする原決定添付別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)収去・同(三)物件目録記載の土地(以下本件土地という)明渡請求訴訟を本案として、本件土地及び建物の占有移転禁止並びに本件建物の処分禁止の各仮処分を求めるというにあるから、先ずその被保全権利につき検討するに、一件記録による原決定二、1の(1)ないし(20)の事実が疎明されるからここにそれを引用する〔但し原決定二枚目裏末行「国は本件土地上」の次の「に」を削り「のみならずその左右に存する抗告人ら以外の者の所有地にもまたがつて」を加える。また同四行目以下の(9)の項を「そして宮内稔は、米田時春を本件土地の使用収益関係から排除するため、前記事務所長との間の本件土地賃貸借契約書に米田時春も二分の一の持分を有するとある文言が事実に反するとして、抗告人に作成させた前同日付の書面で、前記事務所長に対し、契約書の右部分から米田時春の氏名を削除するよう申入れたこと、しかも抗告人は、同年一月二四日頃米田時春との紛争において本件土地につき農地法一八条などの適用がないことを登記簿上明らかすることにより、父宮内稔を優位に立たせるため、本件土地の地目を現況に則して宅地に変更登記手続をなすべく所轄法務局に赴いたのであるが、その頃本件建物が未登記のままであることを知つたこと。」と改め、更に同九行目以下の(10)の頃を「宮内稔は、同年二月四日抗告人が入手した現況証明により本件土地の地目を宅地に変更登記手続をしたうえ、これを四男である抗告人及び妻宮内ツル子(抗告人の母)に対し持分二分の一ずつの割合で贈与したこと、この贈与は財産わけの趣旨であつたものの、同一機会に他の兄弟らに対する同旨の贈与がなされていないだけでなく、抗告人に対する財産わけとしての贈与も本件土地のみについてなされていること。」と改める。また同四枚目表九行目「申入れ」の次に「更に三月一一日にも期限を同月一五日までとして同旨の回答を求めたのであるが、これらの申入れの当面の目的は、いうまでもなく米田時春を本件土地の使用収益関係から排除するにあつ」を加え、同四枚目裏七行目「返事をした」の次に「後、宮内稔に対し約定にもづき抗告人らに従来の契約関係を承継させるように説得を求めたものの、これに応じて宮内稔が抗告人らに対し説得の努力をして形跡を認め難い」を加える。〕。

三以上の事実によれば、相手方が本件建物の保存登記を経由しない間に、抗告人と宮内ツル子とが宮内稔より本件土地の所有権を取得して、その登記手続を経由したからといつて、ただちに相手方が宮内稔との間の契約により取得した本件土地の賃借権をもつて抗告人らに対抗できず、抗告人は、本件土地の共有者として相手方に対し、本件建物収去・土地明渡請求権を行使できると解するのは相当でない。

先ず前叙事実によれば、先ず抗告人の父宮内稔は、相手方に対する本件土地の賃貸人として、本件土地を譲渡するときは責任をもつて譲受人に賃貸人としての地位を承継させることを約しているところ、譲渡した相手は妻ツル子と四男の抗告人であり、しかも無償譲渡だというのであるから、宮内稔がその気になれば抗告人らに賃貸人の地位を承継させることは、極めて容易な事態であつたにもかかわらず、それが履行されていないばかりか、履行のための努力がなされた形跡も全く窺い得ないところである。しかして抗告人は母ツル子と二人で、父宮内稔から本件土地を贈与されたという以前より同人の背後にあつて、昭和四八年三月相手から本件土地が返還される際に、米田時春との間で顕在化するその使用収益に関する紛争を有利に展開させるべく推進して来た立役者であることが看取されるのであり、もとより父宮内稔が本件土地を譲渡する場合には新所有者に賃貸人の地位を承継させる債務を相手方に負担していることも承知していたと推認できるし、その行動の過程で相手方が本件建物につき保存登記経由してないことを知つたこと、更に原審における抗告人審尋の結果によると、抗告人は、本件土地の所有者が特定承継により交替すれば米田時春においてその賃借権をもつて新所有者に対抗できず、相手方としても本件建物につき保存登記を経由していないため同断であるとの知識を有していたことは明白であり、現に抗告人らは本件土地の所有権取得登記を経由するや早速米田時春や相手方の各賃借権を否認し、殊に相手方に対しては米田時春を除外した新な賃貸借契約の締結を迫り、もつて間接的に米田時春との紛争を有利に解決しようと図つたこと、しかし相手方がこれに応じなかつたため、抗告人らは、さし当り本件土地の必要に迫られるなどの特段の事情も窺えないのに、相手方にに対し本件建物収去・土地明渡を求めるに至つたものと解するのが相当である。他方相手方は昭和四八年三月に本件土地を明渡すことになつているものの、なおダム工事の残務整理などのため本件土地を必要としているのである。

以上の説示を総合すると、宮内稔は、米田時春との紛争を有利且つ一挙に解決するため、相手方との約定を敢えて反古にしたものというべくこの約定に信頼を寄せていた筈の相手方に対する背信性は極めて強いものがあるといわなければならないし、抗告人らも宮内稔の右背信行為に積極的に加功し、その一環として本件土地の譲渡を受けたものと解するのが相当である。しかしてかか背信的悪意の抗告人らは、相手方の賃借権につき対抗要件の欠缺を主張しえないものというべく、したがつて未だ主張の請求権を取得していないものというべきである。

四すると本件仮処分申請を理由なしとした原決定は結局のところ相当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用のうえ、主文のとおり決定する。

(合田得太郎 谷本益繁 石田真)

抗告の趣旨・理由<省略>

【参考原決定】―――――――――――

債権者

宮内徹

債務者

右代表者

群祐一

右指定代理人

大歯泰文

外六名

主文

1 本件申請を却下する。

2 申請費用は債権者の負担とする。

理由

一本件申請の趣旨および理由は、別紙(一)および(二)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1 債権者は、別紙(四)物件目録記載の建物(以下本件建物という)収去・別紙(三)物件目録記載の土地(以下本件土地という)明渡請求訴訟を本案として本件申請をなすので、右建物収去土地明渡請求権の存否(被保全権利の存否)について検討する。

本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件土地は従来債権者の父宮内稔の所有で、米田時春が戦前からこれを田として賃借し小作していたこと。

(2) 宮内稔および米田時春は、昭和四一年六月一日、建設省四国地方建設局石手川ダム調査事務所(昭和四三年ころ以降は石手川ダム工事事務所)長から、本件土地を石手川ダム建設のための事務所敷地として賃借したい旨の申入れを受けて、本件土地を同事務所敷地に提供することを目的として同人との間で賃料月額一万〇、四四三円で昭和四八年三月三一日まで国に賃貸する旨の契約(以下本件契約という)を締結したこと。

(3) その際、所有者宮内稔と小作人米田時春はそれぞれ右賃料の半額ずつを受領するという合意に達したため、右事務所長もこれを尊重し、右合意の趣旨を表示する便法として両名が各二分の一ずつの持分を有する賃貸人という形で本件契約を締結したものであること。

(4) 本件契約に際し、宮内稔および米田時春は、自己が本件土地上の権利を第三者に譲渡しようとするときは、あらかじめ前記事務所に通知するとともに自己が責任をもつて譲受人に本件賃貸借契約の賃貸人としての地位を承継させる旨を前記事務所長に約していること。

(5) 本件契約締結後、国は本件土地上に本件建物を建築所有して本件土地を占有していること。

(6) 宮内稔および米田時春は、当初一、二回は両名が毎月半額ずつの賃料を受領していたが、その後昭和四六年一二月分までは両名の申出により両名が隔月ごとに一か月分の賃料をまとめて受領していたこと。

(7) ところが昭和四七年一月になつて、本件土地の所有者宮内稔と小作人米田時春との間で、昭和四八年三月に国から返還を受けた後の本件土地についての米田の賃借権の帰趨について、宮内稔は本件土地の現況は即に宅地であるから農地法の適用はなく米田に賃借権はない旨主張するのに対し、米田時春はあくまで自己賃借権がある旨主張して、意見の対立を生ずるに至つたこと。

(8) 宮内稔は、同年一月一七日付の書面で、米田時春に対し、同人との本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと。

(9) そして宮内稔は、前事務所長との間の本件土地賃貸借契約書に米田時春も二分の一の持分を有するとする文言のあることは事実に反するとして、前同日付の書面で、前記事務所長に対し、契約書の右部分の訂正方を申入れたこと。

(10) 宮内稔は、同年一月二四日、右申入れを受けてやつて来た前記事務所職員に対し、近日中に息子に本件土地を贈与する旨を伝えたうえ、同年二月四日本件土地を四男債権者および妻宮内ツル子に対し持分二分の一ずつの割合で贈与したこと。

(11) そこで債権者および宮内ツル子は、同月七日、右贈与を原因として所有権移転登記を経由したこと。

(12) そして債権者および宮内ツル子は、同年二月九日付の書面で、債権者らが本件土地の贈与を受けて登記済みであるところ、国(建設省)は何らの対抗要件を具備していないので、速やかに本件土地を明渡すか債権者および宮内ツル子を賃貸人として新たな契約を締結するよう申入れたこと。

(13) 国(建設省)は、本件建物についてそれまで保存登記をしていなかつた(国の建物については登記はしないのが通例)が、右申入れを受けて急拠同年三月七日付で本件建物について保存登記をなしたこと。

(14) 前記事務所長は、前記(9)および(12)の申入れを受けたが、小作人米田時春の賃料債権その他の権利を無視するような債権者ら主張の契約を締結することはできないと考え、同年三月一一日付の書面で債権者および宮内ツル子各持分四分の一、米田時春持分四分の二という表示のものであれば新契約の締結に応じてもよい旨の返事をしたこと。

(15) 債権者および宮内ツル子は、右事務所長に対し同年三月一四日付の書面で右回答にはあくまで反対する、賃貸人は同人らのみであり米田時春は賃貸人と表示しない、賃料は月額一万五、〇〇〇円とする、敷地五〇万円を差入れるなどという内容の条項ならば新契約をしてもよい、もし右事務所長のほうで右条項による契約はできないというのであれば、本件土地を時価が買取るよう請求する旨の申入れをなしたこと。

(16) しかし、これに対し右事務所長のほうから返答がなかったため、債権者および宮内ツル子は、右事務所長に対し、同月二六日付および同年四月四日付の各書面で、同年四月二八日までに本件土地を明渡し、かつ同年二月一二日以降明渡に至るまで一日五〇〇円の割合による損害賠償をなすよう催告したうえ、同年五月一〇日、松山簡易裁判所に対し本件建物収去本件土地明渡等請求訴訟を提起したところ、右事件は同年九月八日当庁へ移送されて来たこと。

(17) 本件土地の使用期限は昭和四八年三月三一日となつているが、石手川ダムの本体は昭和四七年九月三〇日に完成するため、前記事務所長は、同年一〇月末ころには前記事務所をダム近くの新庁舎に移転することにしており、同年一一月ころまでに買受人が取壊して撤去することを条件に本件建物を他に売却し、もし買手がないときは同年度中には右事務所のほうで取壊してそのコンクリート基礎などの工作物は全て撤去してこれを整地したうえ、昭和四九年一月中には本件土地を賃貸人等に返還することができる予定となっていること。

(18) 債権者は、昭和四五年三月立命館大学法学部を卒業し、昭和四六年一一月から昭和四七年六月まで松山市内の法律事務所に事務員として勤務しておつて法律知識に詳しいため、前記(8)や(9)の行為は事実上父稔を代行して行なつていること。

(19) 債権者および宮内ツル子は宮内稔の推定相続人(なお債権者は父母のすぐ近くの家(父稔所有)に住んでいる)であるが、特に昭和四七年二月四日の時点で本件土地の贈与を受けなければならない必要性があつたわけではなく、その後も債権者らにおいて本件土地を利用しなくてはならない必要性はないこと。

(20) これに対し、前記事務所においては、使用期限前に本件土地を明渡さなければならないことになると、ダム工事の残務整理等に多大の不便をこうむる結果となること。

2 右認定の事実関係によれば、なるほど形式論理的には、本件土地譲受人である債権者および宮内ツル子は債務者国の賃借権の対抗を受けない本件土地所有権を取得してことになるが、これを実質的にみるときは、本件土地の前所有者宮内稔は本件土地賃借人(債務者国)に対する賃貸借関係承継義務に違反して、人的に実質的同一性があると認められる同人の家族四男債権者、妻宮内ツル子に本件土地を贈与して所有権移転登記を経由して同人らに所有権取得の対抗力を具備させたものであつて、しかも債権者および宮内ツル子は本件土地上に債務者国所有の本件建物の存在することを十分知悉しながら、債務者国に右建物の保存登記がないことを奇貨として、債権者が法学部出で法律知識に群しいことから本件土地の小作人米田時春との賃借権(小作権)に関する紛争を有利に展開させるための便法として本件土地所有権の譲渡を受けたものであるうえ、債権者および宮内ツル子においてさしあたり本件土地を利用しなければならない必要性はない一方、債務者国において昭和四八年三月ころの使用期限前に本件土地を明渡すことになるとダム工事の残務整理等に多大の不便をもたらす結果となるのであり、かような事情にある本件においては、債権者らにおいて債務者国に対し本件建物収去土地明渡請求をなすことは権利の濫用であつて許されないものといわなければならない(同趣旨の判例として、最判昭和四三年九月三日民集二二巻九号一八一七頁および最判昭和三八年五月二四日民集一七巻五号六三九頁などを参照。なお、本件のような場合端的に譲受人債権者らは賃借権の対抗要件の欠缺を主張する正当の利益を有する「第三者」に該当しないと解する学説も有力である)。

三そうすると、本件仮処分申請は結局被保全権利の疎明がないことに帰し、その理由がないうえ、疎明にかわる保証をもつて本件仮処分を命ずることは相当でないので、これを失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。 (梶村太市)

別紙(一)(二)<省略>

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